チャネル支配が終わった日--その会社が支配していたのは、棚だった

その会社が支配していたのは、棚だった。

日本のアパレル業界には、「委託販売」という独特の商慣行がある。メーカーが小売の棚に商品を並べ、売れ残りは引き取る。小売側は在庫リスクを負わない代わりに、メーカーに棚を提供する。リスクを取る側が、棚の優先権を持つ——この暗黙の了解が、何十年も続いてきた。

その会社は、この仕組みの上に帝国を築いた。

全国の主要な小売チャネルに、自社の商品が並んでいた。消費者はそれを店頭で手に取り、試着し、買っていく。ブランドの知名度が需要を安定させ、返品率はコントロール可能な範囲に収まっていた。市場が拡大している時代には、この仕組みは完璧に機能していた。

もうひとつ、この会社が抱えていたのは、創業期から稼働し続けている基幹システムだった。

メインフレーム——業界の人間ならその言葉だけで何が起きているか想像がつくだろう。数十年前に構築されたシステムが、生産管理、在庫管理、受発注処理のすべてを担っていた。運用を支えているのは、このシステムのコードを読める数人のベテラン社員だけだった。

「動いている以上、触るな」——それが経営陣のスタンスだった。

そして実際、動いていた。バッチ処理は毎晩走り、月次の締めは正確に行われ、取引先への伝票は問題なく出力された。経営会議で使うレポートは、このシステムが吐き出した数字を社員が手作業でエクセルに転記して作成されていた。

問題は、このシステムが見せてくれるものが「過去」しかなかったことだ。

先月、何がいくつ売れたか。それはわかる。しかし、今週何が動いているか、どの売場でどの品番の消化率がどう推移しているか、返品のペースはどうか——そういうリアルタイムの情報は取れなかった。取れたとしても、バッチが走った翌朝。最低でも半日遅れの世界だった。

委託販売が機能している時代には、それは致命的ではなかった。棚は確保されている。需要予測は、ベテランのMDが長年の経験で行っている。多少の誤差は返品で吸収できる。過去のデータだけで、十分に回っていた。

これが戦略上の危機だった。棚が確保されている間は、誰もそれを危機とは呼ばなかった。しかし、このビジネスモデルを支える前提——委託販売が小売にとっても合理的であるという前提——は、静かに崩れ始めていた。

目次

  • 1. 帝国は「棚」を支配していた
  • 2. レガシーシステムが足かせに
  • 3. 市場は主役が変わった
  • 4. 失われていく「棚」
  • 5. ITが打てない二重の弱み
  • 6. チャネル支配が終わった日
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